‘好き’をマイペースで…


by y-kokano
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カテゴリ:思い出( 37 )

初umie

昨日神戸のumieへ初めて行った。
私は神戸市民だが、神戸の六甲山裏に住んでるので、umieなんて都会は滅多と行かないし、自分で運転して行けない。
ここは昔、まだこかちゃんを迷子にしてしまった所。
左向いてこか太と話して、右向いているはずのこかちゃんを見たら居なかった。ほんの3秒ほとである。
あの都会を
「こかちゃーん!」と叫びながら走った。
恥ずかしいよりも不安心配が大きくて。
いない。いないよーと半泣きになってふと道路を見ると、青になった信号で向こうから知らないおばさんに手を引かれて歩いてくるこかちゃん。
力が抜け、足がガクガクなったの、覚えている。おばさんにお礼を言うと涙がポロポロ出てきた。安心したのだ。
迷子にさせるなんて、親の責任!なんて思っていたが…
まぁ親の責任かもしれないが
色々事情はある、と今なら分かる。
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by y-kokano | 2014-10-06 07:36 | 思い出

少雨で父を思い出した。

晴れは100日で飽きて
雨は3日で飽きる。

いやいや。
晴れは1週間で飽きるし
雨は1日でいいわ…。

この晴れ続きはもううんざり。

こうなると
四国の水がめが心配になって
ついチェックをしてしまう。

*****
S48年の夏、私は小1だった。
夏休み、親戚の高松に遊びに行った。
この年は雨が降らず、
非常事態宣言みたいなのが出ていたようだ。


父と従妹と(だったと思う)喫茶店に入った。
メニューを決める前に持ってきてくれるお水は紙コップに。

当時紙コップが珍しくて
馬鹿な私は
みんなが使った紙コップを集めようとして
肘が飲み干したメロンソーダのグラスに当たり
ガシャーーン。

あ、どうしよう…とうつむいていたら
父がさっさと片付けてくれて
店員さんに謝ってくれた。
私のために父が謝ってる…と思うとそれも申し訳なかった。

ばかなことをした私を父は叱らない。
そんなことで絶対叱らない人だった。
本当に優しい人だったと思う。
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by y-kokano | 2013-08-25 20:24 | 思い出

子どもの頃の夏

子どもの頃の夏は…
記憶があるのが10歳として、
35年前の夏は…

暑くても30度くらいだったような気がする。
で、昼間暑くても夜には温度が下がっていた。


家の前はアスファルトではなく土。

そんな影響も大きいのだと思う。

*****

昔、
自治会で、家の前の道路を
土からアスファルトに変更にするのに多数決をとったことがあったそうだ。
圧倒的にアスファルト支持派が多い中
私達が土に穴を掘ってビー玉遊びとかしていたのを知っていた父は、
反対。
変人扱いされたそうだ。

全然車社会ではなかったし。
今からは考えられない。

*************

今私が住むココは
避暑地と言える。
都会と2度ほど温度が違うのだ。

まぁ
ここんところ、
都会でもそうなのだそうだが、
昼間暑くても
夜がかなり涼しい。


爆睡できるので
翌日、かなり体が楽。

こういうの、子どもの頃の夏を思い出す。

いつもの年なら
今くらいから暑さが増し、
こういう楽な夜を迎えるのは
お盆を過ぎて、台風が来てからなのにね。
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by y-kokano | 2011-07-23 21:51 | 思い出

おいなりさん

「飴には飴“ちゃん”で、なんで私には呼び捨てやのん!?」

と幼かった頃兄に訴えた事がある。




*************

今日、最近近所に出来た丸亀製麺に行った。(うどん屋さん)
そこで
夫がうどん+おいなり“さん”を2個、
息子がうどん+おいなり“さん”を1個注文したのだ。


ふと
おいなりさんは飴ちゃんより上?
なんて
しょーもないことを考えながら
「よく食べるなぁー」と横目で見た。
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by y-kokano | 2010-09-26 21:32 | 思い出
夫母から電話。
10時からABCチャンネルを付けてご覧…と。


特集で大阪府の大谷助産院の事をやっていた。

ここはこかちゃんが生まれたところ。

5ヶ月の妊婦でアメリカから大阪に帰国し、
助産院を探していてここを紹介された。

家からも近い。

検診で通い始めた後で知るのだが、
ここはとても有名な所だった。
そのときでさえ兵庫県から通っていた人もいた。


15年前と殆ど変わっていない!
先生もお変わりが無い!

こかちゃんを呼んで「こんなであんなで…」と説明も出来た。


あー。懐かしい。



ちなみに。
こか太はアメリカの助産院で生まれた。
「MID WIFE」(こか太のところは4人いたのでWIVESだった)

あー。これも懐かしいー。
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by y-kokano | 2010-06-19 19:44 | 思い出

母の日の思い出

小学2年生だったかな?3年生だったかな?

ペーパーフラワーというのが流行っていた。
特殊な加工を施されたしわになった紙で
しわを一部分だけ伸ばしたり、
切ったり…をして造花を作る。

その紙は手芸店で買えた。

お小遣いをもらっているお金持ちの子が作ったりするのを
いつも横でじーっと見ていた。


***********

母の日に手作りのカーネーションを贈ろう!と手芸店では
赤やピンクや緑(葉っぱ用)の紙が売られていた。

欲しい物があったとき、言えばその金額をくれる家庭だったような気がするが、
母の日にプレゼント用にお金が欲しいと言えなくて
悩んだ挙句
なんとティッシュをマジックで赤色に塗り
それを友達が作っていたのを思い出しながらカーネーションを作ったのだが…。

それはそれはみすぼらしいものだった。


いくらなんでもこれはプレゼントじゃなくてゴミやな。
と子供心にがっかりして渡せなかった。

後日そのことを母に告げると

「いやぁー。それ、欲しかったわー。」と言われた。

そんなこと、絶対無いわーとそのときは思ったが、
今にしたら、母の言葉は本心かもしれないって思える。

私も
私を思って作ってくれたものなら、どんなものでも宝物だなぁーと

でも

今だから思うんだけど。
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by y-kokano | 2009-05-10 09:08 | 思い出

雑誌への投稿

娘の友達が雑誌へ色んな投稿を続けているらしい。

「載ったん?」と私。
「載った事ないらしい。そんなん、載るわけないやんなー。」と娘。


「そんなことないでー。」と言って、2階から古ぼけた雑誌を持って降りた…。

**********

高校生の頃
「軟式テニス」という月刊誌を読んでいた。

キャプテンをしていて、
其れゆえの愚痴愚痴内容を(その頃から愚痴か!!??)何回か投稿もした。

そのうち3回載って
1回は今月の大賞ってのに選ばれてラケットをもらった。

私の投稿を読んで共感したのか、
「○○さん(私のペンネーム)、文通してください。」と
文通欄(メールが無い時代ですからね。文通だって文通!!文通好きだったけど。)
に名指しで書かれた事もあった。

**********

今後有るまいと、載った3冊を後生大事に残してあり、
いそいそと娘に見せた私。
娘は載った3つの投稿を読み、にやり。


「ばれへんかったん?」

「あー。ばれたよ。男子テニスのキャプテンと、先輩と他校のテニス友達。」

そう。同学年の女子にはばれなかったんだよねぇ。
ま、ばれても良い内容だったけど。

むしろ、心の声だったから、バレて欲しかったかも…。
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by y-kokano | 2009-04-11 08:19 | 思い出

新札

月末は子供達のお稽古事のお月謝用にと、
新札を集める為に銀行を巡るのが常だった。
○○銀行は最終水曜日に新札が入るというのを噂で聞いてよく並んだ。

でも5千円の新札がなかなか無いのだ。

今でこそお稽古や個人塾へのお月謝が減ったが
一時は凄かった。

万札 6枚
五千円札 2枚
千円札 11枚

これを毎月用意しないといけなかったのだ。


今はお稽古も減り
その上
新聞集金で必ず新札が手に入る。


お金が減らないのは嬉しいが、
折角集金で新札が入るのに~と思う時もある。

走り回っていた頃が懐かしい。
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by y-kokano | 2008-10-31 19:10 | 思い出

ガラスの小瓶

ガラスの小瓶を集めるのがマイブームだった小6のときの話。
31年前だ。

集めて中にビーズやら好きなものを入れたりしていた。

この時期に香る金木犀。
香りとその可憐な花の形が好きだった。

下校時に道路に落ちている金木犀を拾って持ち帰り
ビンの中に入れた。

その日何回もコルク栓を開けては匂いをかぎ
~~♪♪~~
という幸せ気分を味わっていた。


所詮生花。
枯れる。

2,3日でどろりとした物に変化し、香りも大変なものになり
瓶を捨てざるを得ない…となった。


金木犀の季節になると
必ずこの事を思い出す。
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by y-kokano | 2008-10-11 21:00 | 思い出

マッチ売りの少女

病院の待合室で娘を待っていた。

横を見ると2歳くらいの女の子とお母さん。
絵本を読んであげようとしていた…。


ふと、
自分の時を思い出した。


このブログに書いたっけ?
もし書いていたら「二回目じゃん~」とスルーしてね。


娘が幼稚園へ行くか行かないかの頃
どこかで順番を待っていた。
待合室。病院?美容院?うろ覚え。

本が有った。
「マッチ売りの少女」

読み進めていくうちに
感情移入してしまって
物語の佳境に入った時に涙がポロポロこぼれてしまったのだ。
…読み手の私が。

こうなるともう駄目。
鼻水も出てくるし、声が震えるし…。
んで、超恥ずかしいし。

読み聞かせとして~最悪でした。
せめて家の中だと良かったのに…。恥。
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by y-kokano | 2008-10-03 21:18 | 思い出